VPNは、インターネットの安全性を高める強力なツールです。特にカフェのWi-Fiなどを使う際、通信を暗号化してくれるため、私もよく利用しています。
セキュリティ意識の高い人ほど「常に接続しておけば万全だ」と考えがちです。しかし、個人利用でVPNを「常時接続」に設定すると、思わぬデメリットに直面することがあります。
この記事では、VPN常時接続が引き起こす具体的な問題点と、そのデメリットを賢く回避するための実践的な方法を詳しく解説します。
VPN常時接続が招くパフォーマンス低下

VPNを常に接続していると、デバイスの動作に影響が出ることがあります。私が特に感じるのは、バッテリー消費と通信速度の問題です。
なぜバッテリー消費が激しくなるのか
VPNを常時接続にすると、スマートフォンやノートPCのバッテリー消費が明らかに早まります。これは、VPNアプリが単に起動しているから、というだけではありません。
本当の原因は「常時暗号化処理」にあります。VPNはすべての通信をリアルタイムで暗号化・復号化します。この処理がデバイスのCPU(中央処理装置)に継続的な計算負荷をかけるのです。
ユーザーが操作していない間も、OSの通知やアプリの自動更新など、細かな通信が発生しています。常時接続環境では、これらすべてが暗号化の対象となり、CPUが休む暇を奪います。
結果として、デバイスがスリープ状態(低消費電力モード)に入りにくくなり、バッテリーがどんどん消耗していきます。特にスマートフォンのOSが持つ省電力機能とVPNの常時接続は相性が悪く、意図しない接続切断(瞬断)を引き起こす原因にもなります。
通信速度が遅くなる「複合的ボトルネック」
VPN利用者が最も不満に感じやすいのが、通信速度の低下です。常時接続環境では、この速度低下がインターネット利用体験の全体に影響を及ぼします。
この速度低下は、単一の原因ではなく、複数の要因が積み重なった「複合的ボトルネック」の結果です。
- 暗号化処理の遅延|暗号化と復号化には、わずかながら処理時間(遅延)がかかります。
- サーバー経由の物理的遅延|通信は必ずVPNサーバーを経由します。日本から遠い国のサーバーを経由すれば、その分だけ物理的な距離が長くなり、遅延が悪化します。
- サーバーの負荷集中|人気のサーバーに利用者が集中すると、過負荷(輻輳)状態となり、著しい速度低下を引き起こします。
- MTUの不一致|これは技術的な問題ですが、VPN通信(カプセル化)によってデータパケットが大きくなりすぎると、回線途中で強制的に「分割」されます。このデータの分割と再構築が、通信効率を劇的に低下させます。
常時接続を選ぶことは、これらの潜在的なボトルネックすべてを常に抱え込むことを意味します。サーバーを変更するだけで解決する問題ばかりではないのです。
データ通信量が増える隠れたコスト
VPNの常時接続は、データ通信量の増加という、直接的な経済的デメリットをもたらすことがあります。これは「トンネリング・オーバーヘッド」と呼ばれるものです。
VPNは、元のデータパケットを保護するために、暗号化し、さらにVPNプロトコルのヘッダー情報を付加して「カプセル化」します。この追加されるヘッダー情報が、純粋な「おまけ」のデータ量となります。
このオーバーヘッドは、一般的に数パーセントから十数パーセントのデータ量増加に相当します。短時間の利用では無視できます。
しかし、常時接続環境下では、24時間365日の全通信(動画視聴、OSのアップデートなどすべて)にこのオーバーヘッドが「寄生」し続けます。結果として、月間の総データ通信量は顕著に増加します。
これは特に、データ通信量に上限があるモバイルプランや、従量課金制のサービスを利用しているユーザーにとって深刻です。プランの上限を超過し、追加料金が発生するリスクが高まる「隠れたコスト」と言えます。
日常利用を妨げる「利便性の壁」

セキュリティを追求するあまり、本来アクセスできるはずのサービスが利用できなくなる。VPNの常時接続は、こうした「利便性の壁」となって現れます。
サイトに拒否される「IPアドレスの評判」
VPNを常時接続していると、特定のウェブサイトやアプリが使えなくなることがあります。私も銀行のサイトやEコマースサイトでアクセスを拒否された経験があります。
これは、サービス提供側が「VPNという技術」をブロックしているわけではありません。彼らが検出・ブロックしているのは、あなたが接続している「VPNサーバーのIPアドレス」です。
有料VPNサービスであっても、一つのVPNサーバーIPアドレスは、不特定多数のユーザーによって共有されます。その中にもし悪意のある攻撃者が含まれていた場合、そのIPアドレスは「高リスク」または「低信頼」としてブラックリストに登録されます。
善良なユーザーであるあなたも、そのVPNサーバーIPが持つ「負の評判(Bad Reputation)」を意図せず継承してしまうのです。結果として、アクセスが拒否されたり、頻繁にCAPTCHA認証(画像認証)を求められたりします。
使えなくなるサービス|銀行や動画配信
常時接続が引き起こすアクセス障害の代表例が、金融サービスとストリーミングサービスです。
金融サービス
銀行や証券会社、Eコマースサイトは、不正利用防止を最優先します。海外のVPNサーバーからのアクセスや、ブラックリストに載ったIPアドレスからのログイン試行は、典型的なアカウント乗っ取りの兆候とみなされます。
そのため、即座にアクセスがブロックされたり、追加認証を求められたりすることがあります。
ストリーミングサービス
NetflixやAmazonプライムビデオなどは、コンテンツの配信ライセンスが国ごとに異なるため、IPアドレスによる厳格な地域制限(ジオブロック)を実施しています。
例えば、NetflixはVPN経由だと検出した場合、視聴可能なコンテンツを「世界共通で配信権を持つ作品(主にオリジナル作品)」のみに制限します。日本国内向けのサービスを利用するには、VPNをオフにするしかありません。
自宅プリンターが「消失」する理由
VPNをオンにした途端、自宅のWi-Fiプリンターが「オフライン」になったり、NAS(ネットワークストレージ)にアクセスできなくなったりします。私が在宅作業中に最も困ったのが、このローカルネットワークの問題です。
この現象は、多くのVPNクライアントのデフォルト設定である「フル・トンネル」モードによって引き起こされます。
技術的には、この設定が有効な場合、デバイスはすべてのネットワーク通信を、その宛先に関わらず、強制的にVPNトンネルへ送信しようとします。
ユーザーがローカルIPアドレス(例|192.168.1.10 のプリンター)にアクセスしようとした通信パケットさえも、インターネットの先にあるVPNサーバーに送られてしまいます。VPNサーバーはあなたの自宅LANにあるプリンターの存在を知らないため、そのパケットは宛先不明として破棄されます。
ユーザーの視点からは、ローカルネットワーク上のすべてのデバイスが突然「消失」したかのように見えるのです。
接続が不安定になる「隠れた要因」

パフォーマンスや利便性の問題に加え、VPNの常時接続は、その「接続の継続性」そのものに関する、より深く隠れた技術的要因によって脅かされます。
意図せず切断される主な原因
「常時接続」に設定していても、VPNが安定して接続を維持することは、特にモバイル環境において驚くほど困難です。
私が遭遇した中で最も厄介な原因は、OSの省電力モードとの競合です。スマートフォンがバッテリーを節約しようと、バックグラウンドで動くVPNアプリのプロセスを強制終了させてしまうからです。
他にも様々な原因で接続は切断されます。主な原因と対処法を以下の表にまとめます。
| 原因 | 主な現象 | 対処法 |
| OSの省電力モード | スマートフォンでスリープ復帰後、接続が切れている | デバイスの「バッテリー最適化」設定から、VPNアプリを個別に「最適化しない(制限しない)」よう設定変更します。 |
| ネットワークの不安定性 | Wi-Fiとモバイル通信の切替時や、電波の弱い場所で切断される | 安定したネットワーク環境(電波の強いWi-Fiなど)に移動します。ルーターの再起動も有効です。 |
| ソフトウェア干渉 | 特定の環境(例|職場)でのみ接続できない。AVソフト更新後に不安定化。 | ファイアウォール設定でVPNアプリを例外(許可リスト)に追加します。セキュリティソフトを一時的に無効化して原因を切り分けます。 |
| サーバー/アプリの問題 | 突然、全ユーザーで接続が切れる。アプリ更新後に不安定化。 | VPNアプリ内で別の国や都市のサーバーに接続し直します。アプリを最新版に更新、または再インストールします。 |
| プロトコルの不一致 | 特定のWi-Fi(例|公共Wi-Fi)で接続が確立しない | ネットワーク管理者がセキュリティ上の理由で、特定のVPNプロトコル(例|OpenVPN/UDP)をブロックしている場合があります。VPNアプリの設定から、通信プロトコルを別のもの(例|IKEv2やOpenVPN/TCP)に変更してみます。 |
| 同時接続制限 | 別のデバイスでVPNをオンにすると、既存のデバイスが切断される | アカウント契約上の同時接続デバイス数の上限に達しています。VPNサービスの管理画面で、不要なデバイスの接続を解除します。 |
突発的なパフォーマンス悪化とネットワーク競合
接続が完全に切断されなくとも、突発的にパフォーマンスが著しく悪化するケースもあります。これは、VPNがOSや他のアプリケーションと、低レベルのネットワーク設定で競合するために発生します。
代表例が「MTU(最大送信単位)の不一致」です。これは単に「遅い」だけでなく、「特定のサイトだけ画像が読み込めない」「一部のサービスがタイムアウトする」といった、断続的で奇妙な不具合として現れることがあります。
常時接続環境下では、この問題がすべての通信に影響を及ぼすため、原因特定が非常に困難な「サイレント・キラー」としてユーザー体験を著しく損ないます。
常時接続の「セキュリティ・パラドックス」

VPNを常時接続する最大の動機は、途切れることのない「セキュリティ」と「プライバシー」の確保にあります。しかし、この常時接続という行為そのものに、セキュリティ上のパラドックス(逆説)が潜んでいます。
VPNオフ時のリスク|IPアドレスの漏洩
まず議論の前提として、VPNを常時接続しない(=都度接続する)場合の明確なリスクを認識する必要があります。
VPNがオフの間、あなたのデバイスは、ISP(プロバイダ)から割り当てられた生(なま)のIPアドレスを使ってインターネットと通信します。このIPアドレスは、あなたの「デジタルの住所」です。
このIPアドレスからは、あなたの地理的位置情報(国、地域、都市)が特定されます。訪れたWebサイトはすべてこの生のIPアドレスを記録するため、あなたの行動履歴が容易に追跡されます。
特に、暗号化されていない公共Wi-Fiを利用する際、通信内容の盗聴や、同じネットワーク上の攻撃者による中間者攻撃のリスクが飛躍的に高まります。
接続の「隙間」で発生するデータ漏洩
ここに、「常時接続のセキュリティ・パラドックス」が存在します。
ユーザーは、IPアドレスの漏洩を防ぐために「常時接続」を選択します。しかし、前述の通り、VPNの「常時接続」は本質的に不安定であり、予期せぬ接続切断(瞬断)が頻繁に発生します。
問題は、この接続が切断された「隙間」または「瞬断」の間に起こります。デバイスのOSは、保護されていない元のIPアドレス(=生のIPアドレス)を使って、インターネットへの再接続を試みます。
この瞬間に、あなたが最も防ぎたかったはずの「IPアドレス漏洩」が発生してしまうのです。常時接続に設定していたにもかかわらず、その不安定性ゆえに、保護されていない通信が発生する可能性があります。
無料VPNの危険性|「常時監視」という最悪の事態
常時接続のデメリットを議論する上で、使用するVPNが「無料」か「有料」かは、決定的に重要な分岐点です。
無料VPNを常時接続に設定することは、本記事で議論したすべてのデメリットの中で、群を抜いて最も深刻なデメリットをもたらします。それは「常時監視」というリスクです。
VPNサーバーの運用と維持には、莫大なインフラコストがかかります。「常時接続」ユーザーは、その中でも最も多くのリソースを消費します。無料プロバイダーがそのコストを回収する最も合理的な手段は、そのユーザーの「常時接続データ(=24時間365日の全通信履歴)」を丸ごと収穫し、商品として販売することです。
多くの無料VPNは、表向き「ノーログポリシー(ログを記録しない)」を謳っていても、実際にはユーザーの閲覧履歴や使用デバイスのデータを収集し、第三者(広告会社など)に販売することで利益を得ています。
結論として、無料VPNを用いた常時接続は、セキュリティ対策とは真逆の行為です。それは、自らの全通信履歴を、詳細な監視下にリアルタイムで差し出す「常時監視」システムを自ら導入するに等しい行為であり、私は絶対に推奨しません。
デメリットを回避する賢い設定術
これまでに分析した常時接続のデメリットは、回避不可能です。現代の信頼できる(主に有料の)VPNサービスは、これらの問題を軽減するための高度な技術的解決策を提供しています。
必須の安全装置「キルスイッチ」
キルスイッチ(Kill Switch)は、前述の「常時接続のセキュリティ・パラドックス(接続切断時のIP漏洩)」に対する、唯一かつ決定的な技術的回答です。
キルスイッチの機能は非常に明確です。VPN接続が予期せず(ネットワーク不安定、サーバー障害などで)切断された場合、キルスイッチは即座に、デバイスからインターネットへのすべての接続を自動的に遮断します。
これにより、VPNトンネルが途切れた「隙間」で、保護されていない生のIPアドレスによる通信が発生することを物理的に防ぎます。データ漏洩の危険そのものが排除されるのです。
この機能は、常時接続の不安定性を前提とした上で、その不安定性がセキュリティ侵害につながらないようにする「フェイルセーフ(安全装置)」として機能します。「キルスイッチ機能の有効化」は、「常時接続」を選択するための、妥協不可能な必須の前提条件です。

快適さを両立する「スプリットトンネリング」
スプリットトンネリング(Split Tunneling|分割トンネリング)は、パフォーマンス低下と利便性の壁に対する、最も強力かつ柔軟な解決策です。
この機能は、ユーザーがアプリケーションごと、あるいはWebサイトごとに、その通信を「VPNトンネル経由にする」か、「VPNを経由せず、通常のインターネット回線で直接接続するか」を選択・分離できるものです。
VPNを経由しないと指定されたトラフィックは、暗号化処理やサーバー経由の遅延から解放され、インターネット回線本来の速度を維持できます。
スプリットトンネリングは、常時接続のデメリットを以下のように具体的に解決します。
- 利便性(サービス拒否)の解決|Netflix、銀行アプリ、オンラインゲームなど、VPN経由ではブロックされるアプリを「VPN除外リスト」に追加します。これにより、これらのアプリは常に直接接続され、問題なく利用できます。
- 利便性(ローカルネットワーク)の解決|「ローカルネットワークの消失」問題も解決します。自宅のプリンターやNASへのアクセスをVPNトンネルから除外することで、VPNを常時接続したままシームレスにアクセスできます。
- パフォーマンス(速度・データ量)の解決|信頼できるが大量の帯域幅を消費する通信(例|OSのアップデート、ゲームのダウンロード)をVPNトンネルから除外します。これにより、VPNサーバーの負荷が軽減され、データ通信量のオーバーヘッドも削減できます。
以下の表は、常時接続を支える2つの重要な緩和戦略を比較したものです。
| 機能 | 主目的 | デメリット |
| キルスイッチ | セキュリティの担保 (漏洩防止) | セキュリティのパラドックス。接続の瞬断時に、保護されていない生のIPアドレスで通信してしまうリスクを排除します。 |
| スプリットトンネリング | 利便性とパフォーマンスの最適化 | パフォーマンス低下と利便性の壁。VPN非対応サービス(銀行、Netflix)やローカルデバイスへのアクセスを確保し、速度低下とデータ消費を回避します。 |
状況に応じた「自動接続」の活用
厳格な「常時接続」と、手動の「都度接続」の中間に位置するのが、デバイスの状況(コンテキスト)に応じて接続を自動化する、よりインテリジェントなアプローチです。
VPNアプリ自体に組み込まれた自動化ルールを活用することで、VPNのON/OFFを特定のトリガーに基づいて実行できます。
- ユースケース1(サービス回避)|「特定のアプリ(例|銀行アプリ、Netflixアプリ)を開いたら、VPNを自動でOFFにする。そのアプリを閉じたら、VPNを自動でONに戻す」
- ユースケース2(ネットワーク認識)|「信頼できるWi-Fi(自宅、職場)から切断されたら(=公共Wi-Fiに接続したら)、VPNを自動でONにする」
この「状況認識型」のアプローチは、厳格な常時接続がもたらすバッテリー消費やサービス拒否のデメリットを回避しつつ、「VPNをオンにし忘れる」というセキュリティリスクも排除できます。
まとめ|あなたに最適なVPN運用法

VPNの常時接続は、IPアドレスを常に隠し、通信を暗号化する強力なセキュリティ対策です。しかし、本記事で解説した通り、パフォーマンスの低下、利便性の壁、接続の不安定性といった多くのデメリットも抱えています。
私が推奨する個人利用の最適解は、単純な「常時接続ON」でも「都度接続」でもありません。それは、VPNの高度な機能を活用した「ハイブリッド・常時接続」モデルです。
このモデルの構成は以下の通りです。
- デフォルト「ON」|VPNは原則として常時接続に設定します。
- キルスイッチ「ON」|接続の瞬断によるIPアドレス漏洩を防ぐ「安全装置」を必ず有効にします。
- スプリットトンネリングの活用|銀行アプリ、動画配信、オンラインゲームなど、VPNを経由すると問題が出るアプリや、信頼できるアプリを「VPN除外リスト」に設定します。
このように設定することで、セキュリティを確保すべき通信(ブラウザ閲覧など)はしっかり保護しつつ、問題のある通信はVPNをバイパスさせて快適さを維持できます。
この「ハイブリッド・常時接続」モデルは、セキュリティと利便性のトレードオフを技術的に解決する、最も現実的かつ高度なアプローチです。ただし、これらの機能(キルスイッチ、スプリットトンネリング)を提供するのは、基本的に信頼できる有料VPNサービスです。
無料VPNでの常時接続は、あなたの通信履歴が監視・販売される「常時監視」のリスクを伴います。セキュリティ対策とは真逆の行為になるため、私は絶対に推奨しません。信頼できるVPNを選び、賢く設定して、安全で快適なインターネットライフを実現してください。


